跳躍伝導 Saltatory conduction

6-7-2014 updated

  1. 概要: 神経細胞の活動電位
  2. 跳躍伝導だと,なぜ伝達速度が大きいのか(教科書的説明)


概要: 神経細胞の活動電位

  1. 静止膜電位で平衡状態にあるニューロンに刺激が加わると,細胞膜の一部が脱分極 depolarization する。
  2. その結果,電位依存性Na+チャネル(VGSC, voltage-gated sodium channel)が開く。
  3. Na+が細胞外から流入する。このとき,濃度勾配と電位差の両方が駆動力となるため,その流入速度は非常に早い。
  4. Na+の流入により細胞内の電位が上昇(脱分極; これが 活動電位 action potential)する。これに従い,さらに多くの電位依存性Na+チャネルが開く。典型的なポジティブフィードバックである。
  5. 膜電位が 30 mV 程度になると,Na+チャネルの電位感受性不活性化ゲートが閉じ,Na+の流入が止まる。
  6. 電位依存性K+チャネルの電位感受性活性化ゲートが開き,K+の流出が始まる。このとき膜電位は既に逆転しているので,この場合も濃度勾配と電位差の両方が推進力となる。
  7. K+の流出によって細胞は再分極 repolarization する。このとき,K+チャネルが少し遅れて閉じるため,静止膜電位は -70 mV よりも少し低くなる。過分極状態であり,アンダーシュートともいう。
  • シナプス synapse に,各ステップの詳しい説明があります。

跳躍伝導だと,なぜ伝達速度が大きいのか

図は神経細胞を表しており,Wikipedia より転載。右側に軸索 axon を覆うミエリン鞘 myelin sheath (髄鞘とも呼ばれる)があり,覆われていない部分をランビエ絞輪 node of Ranvier という。

 

ミエリン鞘が絶縁体であるため,この部分では跳躍伝導が起こり,神経伝達速度が大きくなると言われているが,そのメカニズムについてはわかりにくい説明が多数存在しているようである。ここでは,「跳躍伝導だとなぜ伝導速度が大きいのか」を考察する。

 

要点は以下の通りである。「絶縁体」という言葉が混乱を生んでいるように思う。

  1. 髄鞘があることで,電位依存性ナトリウムチャネル(VGSC)がランビエ絞輪のみに存在するようになる(跳躍伝導の理由)。
  2. 髄鞘は軸索の回りに巻き付くことで細胞外の正電荷との距離を広げ,貯まっている電気の量を減らす。そのため電位の変化がより遠くまで伝わるようになる。これによって,Na+チャネル間の距離を無随神経よりも長くすることが可能である。
  3. 1の結果,同じ距離だけ活動電位を伝える場合に必要な「VGSC オープンの回数」が少なくなる。そのため伝達速度が大きくなる。
  4. 2は,1を効率よく行うための補助的条件であると考えられる。

 

Na イオンの流入が引き起こすもの

#pulse


下の図での注意点は以下の通り。

 

  • 静止膜電位は,膜から2 - 3 nm のわずかな領域にのみ存在する。
  • Na+イオンは簡略化のため1分子だけ書かれているが,実際には大量に流入する。
  • 以下の図は,ミエリン鞘のない無随神経での伝導を表している。
  • 電位依存性ナトリウムチャネルはNa+イオンを流入させる。ナトリウムイオンチャネルとは呼ばないようである。

高校教科書の跳躍伝導の説明: 正しいか?


啓林館の記述内容(平成24年12月10日発行[61 啓林館 生物302])(p.227)

 

Ref. 1 跳躍伝導についての本当のお話 から転載。


 

跳躍伝導 saltatory conduction で起こっていることは次の項で述べてあるが,概要はこのような感じである。

 

  • 髄鞘は神経細胞にきつく巻き付いているので,髄鞘がある部分には電位依存性 Na チャネルが存在できない
  • したがって,Na+の流入は軸索上の離れた点で起こることになる。これが跳躍伝導。
  • その結果,同じ距離だけ活動電位を伝える場合,電位依存性 Na チャネルの開口を少なくすることができる。
  • 電位依存性 Na チャネルの開口は時間のかかる減少なので,結果として早く活動電位が伝わることになる。

 

文献1でも述べられているように,高校の教科書の解説はかなり不親切かつ不正確なようである。イオンチャネルやイオンの流入という概念を示さずに,「興奮」「活動電流」「絶縁体」で説明しているためと思われる。また,なぜこのようにすると伝導速度が上がるのかも説明されていないようである。

 

大きな問題点は以下の2つだろう。

 

活動電流という言葉

文献1で指摘されているように,一つのランビエ絞輪から次のランビエ絞輪までの間を流れる活動電流(一定の方向性をもったイオンの動き)というのは存在しない。ましてや,細胞外に逆方向の電流が流れることはない。

 

上で見たように,電流が流れるのではなく高電位がパルスとして伝わるのである。

 

 

絶縁体という言葉

教科書でいう「興奮」とは,Na+の流入のことである。ミエリン鞘のある部分でNa+の流入が起こらないのは,そこに VGSC がないためであって,ミエリン鞘が絶縁体であるためではない。

 

教科書にある「電気的絶縁体」という言葉は,「チャネルを存在させないことによって,電流である Na+の流入を防ぐもの」という「観念的絶縁体」としては正しいかもしれない。しかし,たとえばミエリン鞘のある部分が「絶縁体」でない他のイオンチャネルで覆われていて,VGSC が飛び飛びに存在する場合でも跳躍伝導は起こるだろう。したがって,ミエリン鞘が絶縁体であることは跳躍伝導の本来の原因ではなく,この表記は不正確である。

 

さらに,次に示すように,髄鞘は巻かれている部分の膜電位を低下させる役割ももっており,跳躍伝導の効率を上げるために有効である。この「絶縁体としての働き」の方が,一般的な絶縁体のイメージに近いのではないか。

 

絶縁体という言葉の使い方がかなりの混乱を呼んでおり,著者がメカニズムを正しく理解しているかどうか心配になる。 

 

なぜ伝導が速いのか


跳躍伝導の伝達速度が速い理由として,右図のような説明がなされることが多いようである(1, 2)。

 

  • 高電位が伝わるのは速いが,チャネルが開いてNa+が流入するのに時間がかかる。
  • 無随神経では,Na+の流入が多くの箇所で起こるので伝達が遅い(右図の1)。
  • 有随神経では,ランビエ絞輪のみでNa+の流入が起こればいいので,伝達は速い(右図の2)。

しかし,この説明では次のような疑問が生じる。

 

  1. 無随神経でも,Na+チャネルが飛び飛びにあれば神経伝達は速いのか? (右図の3)
  2. 無随神経のNa+チャネルは,すぐ隣のチャネルを刺激すると,その先に信号が伝わらなくなってしまうのか? (右図の4)

 

2番目は,「電位依存性Na+チャネルの開口は,電位が伝わるのを減衰させるのか?」と言い換えることもできる。「興奮が,有随神経と同じぐらい離れたところにあるNa+チャネルに作用できるなら,髄鞘は不要ではないか」とも言える。


以上のことをまとめると,髄鞘があることで伝達速度が増大するためには,以下のいずれかの条件が必要である。

 

  1. 髄鞘があることで興奮が遠くまで伝わるようになる。
  2. Na+イオンの流入によって伝わる電位の伝播は,隣のNa+チャネルを興奮させると減衰する。(1の理由にもなりうる)

 

なお,Na+イオンの流入によって伝わる電位の伝播は,当然細胞内のイオンによって徐々に中和されるため,減衰するものである。このことは,軸索が太いほど神経伝達速度が速いことと関係している。

 

2の条件は,通常の減衰に加え,Na+チャネルが開いたことでさらに減衰するということである。

1については確認されており,軸索 axon と周囲のイオン交換を減らすことで electroric current loss (current leakage) を少なくする(3, 4)と書かれている。要するに,グルグル巻きになっているので,普段ならちょっと漏れてしまうイオンが漏れないということ。2についての資料は見当たらない。

 

1が起こるメカニズムは,ケーブル理論によるという説明もある。このあたりは難しくて十分に理解していないが,「髄鞘が絶縁体であるために生じる効果」である。

 

これまでの考え方に即して予想してみる。髄鞘のある部分では,細胞内外の電荷の距離が遠くなるため,静電容量が減る(文献4, 下図5と6)。つまり,膜の内外にある + と - の電荷が減る。

 

高電位が伝播していく過程は,上で見たように細胞内のマイナスイオンによって中和されるため,髄鞘が細胞内外をよく絶縁していた方が,電位変化はより遠くまで伝わるようになる。速度も上昇するかもしれない。

 



 

 

以上をまとめると,再掲であるがこのようになる。

 

  1. 髄鞘があることで,Na+チャネルがランビエ絞輪のみに存在するようになる(跳躍伝導の理由)。
  2. 髄鞘は軸索の絶縁度を高め,電位の変化がより遠くまで伝わるようにする。これによって,Na+チャネル間の距離を無随神経よりも長くすることが可能である。
  3. 1の結果,同じ距離だけ活動電位を伝える場合に必要な「Na+チャネルオープンの回数」が少なくなる。そのため伝達速度が大きくなる。
  4. 2は,1を効率よく行うための補助的条件であると考えられる。

 

ちゃんとした文献では,以下のように表現されている(3)。

 

Myelination dramatically improves metabolic efficiency during axonal conduction, largely owing to a redistribution of ion channels - in myolinated fibers, there are concentrated in the nodes of Ranvier rather than equally distributed along the axon - and smaller ionic imbalances following nerve condunction.

 

 

リークの防止

Researcher


教科書の範囲を超えるかもしれないが,髄鞘の機能として,上記の2つの他に「軸索からのリークを減らす」というものがある(4)。おそらく,イオンチャネルなどが存在すると,少しずつ細胞外へのイオンのリークが起こっていると思われる。

 

 

残された疑問点


  1. 各反応の実際の値がわかるとよい。一回の興奮で流入するNa+の数,隣のNa+チャネルまでの距離(有随,無随神経それぞれ),ランビエ絞輪にあるNa+チャネルの数など。
  2. 電位依存性Na+チャネルが活性化する機構の詳細。電位がどのように作用してチャネルを開くのか,その際に電位の伝播は減衰するのか。
  3. 静止膜電位の正確な分布はどのようになっているのか(有随,無随)。
  4. 「活動電流」というものは存在するのか。文献1では存在しないとされている。確かに,Na+チャネル間のイオンが一方向へ移動するような電流は起こらないと思われる。しかし,一定の法則に従ったイオンの動きがあるのかどうか,それを「電流」の定義に照らし合わせて考えるとどうなるかは未解決である。
  5. 活動電位は一方向にのみ伝わるのか。

References

  1. 跳躍伝導についての本当のお話: http://park.geocities.jp/choyaku2013/
  2. http://web2.chubu-gu.ac.jp/web_labo/mikami/brain/12/index-12.html
  3. Damasio and Carvalho 2013aR (Review). The nature of feelings: evolutionary and neurobiological origins. Nat Rev Neurosci 14, 143-152.
  4. Hartline and Colman 2007aR (Review). Rapid conduction and the evolution of giant axons and myelinated fibers. Curr Biol 17, R29-R35.